いま過労死の過半数が、過労死ラインとされる100時間以下で起きており、厚労省は過労死のボーダーラインを80時間としている。

外交や国防、歴史認識については右派と左派で意見が分かれることがあっても、いま国会で安倍自民がゴリ押ししようとしている裁量労働制=「働かせ放題」残業代ゼロ法案は、確実に労働者全体を追いつめるものなんだから、思想の左右関係なく一致して戦えるはず。経団連の要請を受けた政府は、捏造データまで使って法案を通そうとし、データの間違いが発覚しても再調査しないと答弁。完全に労働者をなめている。子育てどころじゃなくなり、ますます少子化が進む。 いま過労死の過半数が、過労死ラインとされる100時間以下で起きており、厚労省は過労死のボーダーラインを80時間としている。それにもかかわらず、政府の「働き方改革」は基準を超える100時間を残業の上限に決めている。高橋まつりさんの悲劇を経てもまだこれ。国民の生命をここまで軽く考えているとは。戦時中の支配層も国民の生命を紙切れ1枚分の軽さとしか考えていなかったが、73年経っても全然認識が変わってない。そもそも、労働基準法で残業時間は月45時間までになっている。日本以外の先進国はそのルールを守っている(っていうかそもそも残業がない)。ドイツでは退社後や休日に上司が部下へメールを送ることは違法だ。 「残業代がないと生活できない、45時間じゃ無理」という思考は経営側の思うツボ。国民全体が「正社員・非正規にかかわらず、8時間労働で生活できる賃金を」と声をあげるとき。もはや待ったなし。「日本スゴイ」系の本やテレビがブームだけど、ならば欧州の人々には普通のこと(残業ゼロ、完全週休2日、夏休みあり、有休完全消化、時給1500~2000円、若者は大学無料)をスゴイ日本人が出来ないはずがない。 本来ならこの国の格差社会の固定化を進める支配層に、変革を求めてぶつかって行くはずの若者たち(欧米社会の若者達の社会運動のパワーは半端ない)が、批判の矛先が中国・韓国叩きに向くよう誘導され、そればかりか嘲笑系、冷笑系になって、行動を呼びかける同世代を馬鹿にするという状況を見るにつけ、自分の力のなさに地団駄を踏んでいる。(むろん、中国政府の独裁体制、言論の自由の弾圧は批判されるべきもの。だが相手政府さえ叩いていれば、自国の政府が正しいとは限らない)

OGAWA Kandai→『「奴隷制はわが国の産業構造に適している」「奴隷制がないと国際競争に勝てない」「奴隷制で回している産業の利益で国の経済は回ってるんだから文句を言うな」「奴隷でいて幸せだと言う人もいる」と全部南北戦争前の米南部の主張なんだが、21世紀のどこかの国でも同じようなことを言う経営者らがいる。』 kentaro isaka→『日本の生活保護叩きのほとんどは、自分たちは真面目に働いてるのに「ずるい」という感情からのように見える。でも、本当におかしいのは「真面目に働いていて、生活保護受給者に「ずるい」という感情を抱く程度しか稼げない」ことのはずなんですよ。何でみんな、そこに腹を立てないんだろう。』 //伊藤詩織さんが勇気を出して告発した首相お抱えジャーナリストの性犯罪揉み消しも、政治思想の関係なく放置されてはいけないこと。逮捕状を持って空港で待機していた捜査官が、目の前を容疑者が通過するのを見ているしかなかったなんて、そんな忖度があっていいわけがない。